リー代数と角運動量:抽象的な数学構造が物理法則を支配する
目次
前提知識
この記事をスムーズに理解するために、以下の知識があることが望ましいです。
- 線形代数(ベクトル空間、線形変換)
- 量子力学の基礎(演算子、交換関係の定義
$[A, B] = AB - BA$、ケットベクトル) - (推奨)群論の初歩的な概念
要点まとめ
この記事では、まずリー代数という抽象的な数学の構造を厳密に定義します。次に、量子力学で馴染み深い角運動量演算子が、その交換関係を通じて、実はこのリー代数の完璧な物理的実例となっていることを具体的な計算によって証明します。さらに、その応用として、複数の角運動量を合成する際に現れるクレブシュゴルダン係数について解説します。
- 問題の核心: 角運動量演算子が満たす交換関係
$[J_x, J_y] = i\hbar J_z$などが、単なる物理法則ではなく、より普遍的な数学的構造の現れであることを理解する。- 用いる数学的道具: リー代数の公理、量子力学における演算子の交換関係、リー代数の表現論。
- 最終的な結論: 角運動量演算子の集合は、リー代数の一種(
$\mathfrak{so}(3)$または$\mathfrak{su}(2)$)をなし、その性質(量子化や合成則など)はこの代数的構造によって完全に決定されることを示す。
1. はじめに
量子力学を学ぶと、角運動量演算子$\vec{J}$が満たす$[J_x, J_y] = i\hbar J_z$といった一連の交換関係が登場します。これらの関係式は、角運動量の量子化やスピンの性質など、量子世界の根幹をなす法則を導くための出発点となります。
しかし、これらの関係式は角運動量という特定の物理量だけに許された、特殊な性質なのでしょうか。それとも、これらはもっと広範で強力な数学的構造の一例なのでしょうか。
その答えは後者です。この交換関係の構造は、19世紀の数学者ソフス・リーによって研究されたリー代数 (Lie Algebra) と呼ばれる数学の分野そのものです。リー代数は、リー群(回転のような連続的な変換を記述する群)の無限小変換を記述する理論であり、現代の理論物理学において不可欠な言語となっています。そしてその本質は、「無限小の振る舞いさえ分かれば、元の連続的な変換全体の性質が完全に決定される」という、部分から全体を導く強力な数学的主張にあります。
この記事では、まずリー代数とは何かを抽象的に定義し、その後、角運動量演算子がその定義を完璧に満たすことを一つ一つ計算して確認します。物理法則の背後にある、エレガントな数学の世界を探求していきましょう。
2. リー代数の一般論
リー代数は、特定の性質を持つ「積」が定義されたベクトル空間です。具体的には、以下の3つの要素から構成されます。
ベクトル空間
$V$: 体(通常は実数$\mathbb{R}$または複素数$\mathbb{C}$)上のベクトル空間。元(ベクトル)の足し算とスカラー倍が定義されています。リー・ブラケット (Lie Bracket):
$V$上の二項演算$[\cdot, \cdot]: V \times V \to V$。これは、$V$の2つの元$x, y$を取って、再び$V$の元$[x, y]$を返す操作です。(物理学における交換子$[A,B]=AB-BA$は、このリー・ブラケットの代表的な例です。)3つの公理: リー・ブラケットは、全ての元
$x, y, z \in V$と全てのスカラー$a, b$に対して、以下の3つの条件(公理)を満たさなければなりません。- 双線形性 (Bilinearity): $$ \begin{aligned} \left[ax + by, z\right] &= a[x, z] + b[y, z] \ [z, ax + by] &= a[z, x] + b[z, y] \end{aligned} $$
- 交代性 (Alternating property):
$$
[x, x] = 0
$$
(この性質から、
$[x, y] = -[y, x]$という反対称性が直ちに導かれます。) - ヤコビ恒等式 (Jacobi identity): $$ [x, [y, z]] + [y, [z, x]] + [z, [x, y]] = 0 $$
この3つの公理を満たすベクトル空間とリー・ブラケットの組 $(V, [\cdot, \cdot])$ をリー代数と呼びます。
3. 解法のロードマップ
これから、量子力学における角運動量演算子が、上で定義されたリー代数を形成することを証明します。以下のステップで進めます。
- Step 1: 角運動量のベクトル空間とブラケットの定義
角運動量演算子
$J_x, J_y, J_z$が張るベクトル空間と、リー・ブラケットとして採用する演算を具体的に定義します。 - Step 2: リー代数の公理の検証 定義した空間とブラケットが、リー代数の3つの公理(双線形性、交代性、ヤコビ恒等式)を全て満たすことを、交換関係を用いて直接計算し、証明します。
- Step 3: 構造定数の導出
リー代数の構造を特徴づける「構造定数」を導入し、角運動量代数の構造定数がレビ・チビタ記号
$\epsilon_{ijk}$で与えられることを示します。 - Step 4: 構造から導かれる不変量(カシミヤ演算子)
構造定数のみを用いて、リー代数の全ての元と可換になる重要な演算子
$J^2$の存在を証明します。
4. 理論展開と計算
Step 1: 角運動量のベクトル空間とブラケットの定義
ベクトル空間
$V$: 3つの角運動量演算子$J_x, J_y, J_z$を基底ベクトルとし、それらの複素数係数による線形結合で張られるベクトル空間とします。この空間の任意の元は$\vec{A} = c_x J_x + c_y J_y + c_z J_z$($c_i \in \mathbb{C}$) と書けます。リー・ブラケット
$[\cdot, \cdot]$: 物理的な交換子$[A, B] = AB - BA$をそのままリー・ブラケットとして定義します。この演算がベクトル空間$V$について閉じていること、つまり$J_i$と$J_j$の交換子が再び$J_k$の線形結合で書けることは、$[J_x, J_y] = i\hbar J_z$などの関係式から明らかです。
Step 2: リー代数の公理の検証
定義した角運動量の空間と交換子が、リー代数の3つの公理を満たすことを確認します。
双線形性: 交換子の定義
$[A, B] = AB - BA$から、その線形性は明らかです。例えば、 $$ \begin{aligned} \left[aA + bB, C\right] &= (aA + bB)C - C(aA + bB) \\ &= a(AC - CA) + b(BC - CB) \\ &= a[A, C] + b[B, C] \end{aligned} $$ となり、1つ目の条件を満たします。2つ目も同様です。交代性: 任意の演算子
Aについて、$[A, A] = AA - AA = 0$となるため、交代性の公理は自明に満たされます。ヤコビ恒等式: これは演算子の一般的な性質として常に成り立ちます。基底ベクトルである
$J_x, J_y, J_z$(まとめて$J_i$と書く) について証明すれば十分です。任意の基底の組$J_i, J_j, J_k$について、ヤコビ恒等式$[J_i, [J_j, J_k]] + [J_j, [J_k, J_i]] + [J_k, [J_i, J_j]] = 0$が成立することを示します。まず、左辺の第1項を構造定数
$c_{jk}^l = i\hbar\epsilon_{jkl}$を用いて計算します。 $$ \begin{aligned} \left[J_i, [J_j, J_k]\right] &= [J_i, \sum_l (i\hbar\epsilon_{jkl}) J_l] = \sum_l (i\hbar\epsilon_{jkl}) [J_i, J_l] \\ &= \sum_{l,m} (i\hbar\epsilon_{jkl}) (i\hbar\epsilon_{ilm}) J_m \\ &= -\hbar^2 \sum_{l,m} \epsilon_{jkl} \epsilon_{ilm} J_m \end{aligned} $$ ここで、レビ・チビタ記号の縮約に関する恒等式$\sum_l \epsilon_{jkl} \epsilon_{ilm} = \delta_{ji}\delta_{km} - \delta_{jm}\delta_{ki}$を用いると、 $$ [J_i, [J_j, J_k]] = -\hbar^2 \sum_m (\delta_{ji}\delta_{km} - \delta_{jm}\delta_{ki}) J_m = -\hbar^2 (\delta_{ji}J_k - \delta_{jk}J_i) $$ この結果は、添え字$i,j,k$の巡回置換($i \to j \to k \to i$)に対しても同様に成り立ちます。$[J_j, [J_k, J_i]] = -\hbar^2 (\delta_{kj}J_i - \delta_{ki}J_j)$$[J_k, [J_i, J_j]] = -\hbar^2 (\delta_{ik}J_j - \delta_{ij}J_k)$
これら3つの項を全て足し合わせると、 $$ -\hbar^2 { (\delta_{ji}J_k - \delta_{jk}J_i) + (\delta_{kj}J_i - \delta_{ki}J_j) + (\delta_{ik}J_j - \delta_{ij}J_k) } = 0 $$ となり、クロネッカーのデルタの性質(
$\delta_{ij} = \delta_{ji}$など)により、各項が綺麗に打ち消し合います。したがって、ヤコビ恒等式が厳密に成立します。
以上より、量子力学における角運動量演算子の集合は、リー代数をなすことが厳密に証明されました。
Step 3: 構造定数の導出
リー代数の構造は、基底ベクトル間のブラケットが、どのように基底ベクトルの線形結合で表現されるかによって完全に決まります。その係数を構造定数と呼びます。
$$[X_i, X_j] = \sum_k c_{ij}^k X_k$$
角運動量の場合、基底を $J_1=J_x, J_2=J_y, J_3=J_z$ と番号付けすると、交換関係は
$$[J_i, J_j] = i\hbar \sum_k \epsilon_{ijk} J_k$$
と書けます。ここで $\epsilon_{ijk}$ はレビ・チビタの記号です。この式を上記の定義と比較すると、角運動量代数の構造定数 $c_{ij}^k$ は、
$$c_{ij}^k = i\hbar \epsilon_{ijk}$$
となります。この構造定数が、角運動量という物理量の代数的性質をすべて決定づけています。
Step 4: 構造から導かれる不変量(カシミヤ演算子)
リー代数の構造が定まると、その代数の全ての元と可換になる特別な演算子の存在が導かれることがあります。これをカシミヤ演算子 (Casimir Operator) と呼びます。この演算子は、代数の表現を分類するための「ラベル」として機能するため、物理的に極めて重要です。
カシミヤ演算子の一般的定義からの導出
カシミヤ演算子は、天下り的に与えられるものではなく、代数の構造から直接構築することができます。二次(最も単純な)カシミヤ演算子$C$は、以下で定義されます。
$$C = \sum_{i,j} g^{ij} J_i J_j$$
ここで$g^{ij}$はキリング形式 (Killing form)$g_{ij}$の逆行列です。キリング形式は、構造定数を用いて以下のように定義されます。
$$g_{ij} = \sum_{k,l} c_{ik}^l c_{jl}^k$$
角運動量代数の構造定数$c_{ij}^k = i\hbar \epsilon_{ijk}$を用いて、キリング形式を計算してみましょう。
$$
\begin{aligned}
g_{ij} &= \sum_{k,l} (i\hbar\epsilon_{ikl}) (i\hbar\epsilon_{jlk}) \
&= -\hbar^2 \sum_{k,l} \epsilon_{ikl} \epsilon_{jlk}
\end{aligned}
$$ここで、レビ・チビタ記号の添え字の交換は符号を変える($\epsilon_{jlk} = -\epsilon_{jkl}$)ことを用いて、和が取りやすい形に変形します。$$
g_{ij} = -\hbar^2 \sum_{k,l} \epsilon_{ikl} (-\epsilon_{jkl}) = \hbar^2 \sum_{k,l} \epsilon_{ikl} \epsilon_{jkl}
$$
この二重和は、レビ・チビタ記号の縮約公式$\sum_{k,l} \epsilon_{ikl} \epsilon_{jkl} = 2\delta_{ij}$を用いることで、直接計算できます。(注:この公式は、$i=j$のとき、例えば$i=j=1$ならば$\sum_{k,l} (\epsilon_{1kl})^2 = (\epsilon_{123})^2 + (\epsilon_{132})^2 = 1^2+(-1)^2=2$となり、$i \neq j$のときは和が$0$となることから確認できます。)
この公式を適用すると、
$$g_{ij} = \hbar^2 (2\delta_{ij}) = 2\hbar^2 \delta_{ij}$$
となります。$\delta_{ij}$はクロネッカーのデルタです。キリング形式が単位行列の定数倍(対角的)であることは、このリー代数が半単純 (semisimple) であることを示しています。
逆行列$g^{ij}$は、
$$g^{ij} = \frac{1}{2\hbar^2} \delta_{ij}$$
と簡単に求まります。これをカシミヤ演算子の定義式に代入すると、
$$
\begin{aligned}
C &= \sum_{i,j} \left(\frac{1}{2\hbar^2}\delta_{ij}\right) J_i J_j \
&= \frac{1}{2\hbar^2} \sum_i J_i^2 = \frac{1}{2\hbar^2} (J_x^2 + J_y^2 + J_z^2)
\end{aligned}
$$
この結果は、角運動量代数のカシミヤ演算子が、定数倍を除いてまさに角運動量の2乗演算子$\mathbf{J^2}$であることを示しています。
カシミヤ演算子の性質の検証
代数の構造から$J^2$がカシミヤ演算子であることが導かれました。次に、その定義である「全ての元と可換であること」$[J^2, J_k] = 0$を、交換関係だけを用いて検証します。
$$[J^2, J_k] = \left[\sum_i J_i^2, J_k\right] = \sum_i [J_i^2, J_k]$$
ここで、交換子の恒等式$[A^2, B] = A[A, B] + [A, B]A$を用いると、
$$[J_i^2, J_k] = J_i[J_i, J_k] + [J_i, J_k]J_i$$
ここに構造定数を用いた交換関係$[J_i, J_k] = i\hbar \sum_l \epsilon_{ikl} J_l$を代入します。
$$
\begin{aligned}
[J^2, J_k] &= \sum_i \left( J_i (i\hbar \sum_l \epsilon_{ikl} J_l) + (i\hbar \sum_l \epsilon_{ikl} J_l) J_i \right) \
&= i\hbar \sum_{i,l} \epsilon_{ikl} (J_i J_l + J_l J_i)
\end{aligned}
$$
この最後の和を考えます。$\epsilon_{ikl}$は添え字$i, l$の交換に対して反対称($\epsilon_{ikl} = -\epsilon_{lki}$)です。一方で、$(J_i J_l + J_l J_i)$は添え字$i, l$の交換に対して対称です。反対称なテンソルと対称なテンソルの積をすべての添え字について和を取ると、結果は必ずゼロになります。
したがって、$[J^2, J_k]=0$が全ての$k$について成立し、リー代数の構造そのものから、$J^2$が不変量であることが検証できました。
5. 結論と物理的考察
以上の計算により、量子力学の角運動量演算子が、交換子をリー・ブラケットとして、リー代数という厳密な数学的構造をなすことが明らかになりました。
この事実が持つ物理的な意味は非常に深遠です。角運動量の量子化(固有値が $\hbar\sqrt{j(j+1)}$ となること)や、量子数が整数または半整数に限られるといった性質は、実はこのリー代数の表現論から導かれる必然的な数学的帰結なのです。
つまり、スピン角運動量のように古典的な対応物を持たない物理量であっても、その演算子が角運動量と同じリー代数(同じ構造定数)を満たすならば、それは自動的に角運動量と同じ物理的性質を持つことになります。
物理法則が特定の数学的構造に従っている、という発見は、物理学をより深く、統一的に理解する上で強力な視点を与えてくれます。このリー代数の表現論の重要な応用例として、次に角運動量の合成について見ていきましょう。
6. 応用:角運動量の合成とクレブシュゴルダン係数
角運動量代数の理論が最も強力にその姿を現すのが、複数の角運動量を合成する場面です。例えば、2つの粒子(角運動量 $\vec{J}_1, \vec{J}_2$)からなる系を考えます。このとき、系全体の角運動量 $\vec{J} = \vec{J}_1 + \vec{J}_2$ はどのような値を取りうるのでしょうか。これは、リー代数の言葉で言えば、2つの表現のテンソル積を、既約表現の直和に分解する問題に相当します。
この分解を具体的に行う係数が、クレブシュゴルダン係数と、それと密接に関連するウィグナーの3-j記号です。
2つの描像と2つの係数
系の状態は、2通りの基底で記述できます。
- 非結合基底:
$\left|j_1, m_1\right\rangle \otimes \left|j_2, m_2\right\rangle$-$J_1^2, J_{1z}, J_2^2, J_{2z}$の同時固有状態。個々の角運動量に着目した記述。 - 結合基底:
$\left|j, m, j_1, j_2\right\rangle$-$J_1^2, J_2^2, J^2, J_z$の同時固有状態。合成された全体の角運動量に着目した記述。
これら2つの基底を結びつけるのがクレブシュゴルダン係数であり、その物理的イメージは「2つの角運動量を足し合わせて、1つの合成角運動量を作る」という非対称なものです。 $$\left|j, m\right\rangle = \sum_{m_1, m_2} \left\langle j_1, m_1; j_2, m_2 | j, m \right\rangle \left|j_1, m_1\right\rangle \otimes \left|j_2, m_2\right\rangle$$
クレブシュゴルダン係数の要約: 2つの角運動量を合成し、特定の大きさの合成角運動量を作るための「レシピ」の各成分の割合。
一方、この関係をより対称的に捉える視点もあります。それは $\vec{J}_1 + \vec{J}_2 - \vec{J} = 0$ と考え、「3つの角運動量が互いに打ち消し合う」という対等な関係と見なすことです。この高い対称性を表現するために導入されるのがウィグナーの3-j記号です。
3-j記号はクレブシュゴルダン係数と以下の関係にあります。
$$
\left\langle j_1, m_1; j_2, m_2 | j, m \right\rangle = (-1)^{j_1-j_2+m}\sqrt{2j+1} \begin{pmatrix} j_1 & j_2 & j \\ m_1 & m_2 & -m \end{pmatrix}
$$
この表記の最大の利点は、その高い対称性です。列を偶数回入れ替えても値は不変、奇数回入れ替えると位相因子 $(-1)^{j_1+j_2+j}$ が付く、といった性質を持ちます。
ウィグナーの公式とラカーの公式
これら係数の具体的な値を計算するために、いくつかの閉じた公式(closed-form formula)が導出されています。
ウィグナーの公式(3-j記号の計算)
ユージン・ウィグナーが与えた公式は、対称性の高い3-j記号を直接計算するのに適しています。
$$
\begin{aligned}
&\begin{pmatrix} j_1 & j_2 & j_3 \\ m_1 & m_2 & m_3 \end{pmatrix} = \delta_{m_1+m_2+m_3, 0} (-1)^{j_1-j_2-m_3} \Delta(j_1, j_2, j_3) \times \\
&\sqrt{(j_1\pm m_1)!(j_2\pm m_2)!(j_3\pm m_3)!} \times \\
&\sum_k \frac{(-1)^k}{k!(j_1+j_2-j_3-k)!(j_1-m_1-k)!(j_2+m_2-k)!(j_3-j_2+m_1+k)!(j_3-j_1-m_2+k)!}
\end{aligned}
$$
ここで $(j\pm m)! \equiv (j+m)!(j-m)!$ であり、$\Delta(j_1, j_2, j_3)$ は三角不等式を表す係数です。
$$ \Delta(j_1, j_2, j_3) = \sqrt{\frac{(j_1+j_2-j_3)!(j_1-j_2+j_3)!(-j_1+j_2+j_3)!}{(j_1+j_2+j_3+1)!}} $$
ラカーの公式(クレブシュゴルダン係数の計算)
ジュリオ・ラカーによって導出された公式は、クレブシュゴルダン係数を直接計算する表現です。これは上記のウィグナーの公式に変換式を適用したものと等価です。 $$ \begin{aligned} &\left\langle j_1, m_1; j_2, m_2 | j, m \right\rangle = \delta_{m, m_1+m_2} \sqrt{2j+1} \Delta(j_1, j_2, j) \times \\ &\sqrt{(j_1\pm m_1)!(j_2\pm m_2)!(j\pm m)!} \times \\ &\sum_k \frac{(-1)^k}{k!(j_1+j_2-j-k)!(j_1-m_1-k)!(j_2+m_2-k)!(j-j_1-m_2+k)!(j-j_2+m_1+k)!} \end{aligned} $$
(注:いずれの公式でも、和$\sum_k$は、階乗$n!$の引数$n$が負にならない全ての整数$k$にわたって取られます。)
両者の関係性のまとめ
結論として、ラカーの公式とウィグナーの公式は、物理的に異なる視点(非対称な合成 vs 対称な関係)を反映した、数学的に等価な内容を計算するための表現です。 変換式を通じて互いに行き来できるため、どちらか一方があればもう一方を導出できます。これらの複雑な公式が閉じた形で存在すること自体が、角運動量の合成則がリー代数の数学的構造によって完全に支配されていることの強力な証拠となっています。