回転座標系における慣性力 - 遠心力とコリオリの力
目次
前提知識
この記事をスムーズに理解するために、以下の知識があることが望ましいです。
- 回転するベクトルの時間微分
要点まとめ
この記事では、一定の角速度で回転する座標系(非慣性系)における物体の運動方程式を導出し、その過程で現れる遠心力とコリオリの力の正体を明らかにします。
- 問題の核心: 回転する座標系で物体の運動を観測したとき、慣性系での運動法則を成り立たせるために、どのような「見かけの力」を導入する必要があるか。
- 用いる物理法則: ニュートンの運動方程式、回転座標系におけるベクトルの時間微分の公式。
- 最終的な結論: 回転系では、慣性力として遠心力
$-m\vec{\omega} \times (\vec{\omega} \times \vec{r}')$とコリオリの力$-2m(\vec{\omega} \times \vec{v}')$が現れる。
1. はじめに
地球の自転からメリーゴーランドまで、我々の身の回りには回転運動が溢れています。このような回転する舞台の上で物体の運動を観察すると、直線運動する物体が曲がって見えたり、外側に引かれるような力を感じたりと、慣性系とは異なる不可思議な現象が起こります。
これらの現象は、回転系という非慣性系にいるために観測される「見かけの力」、すなわち遠心力とコリオリの力によるものです。本記事では、座標変換の数学的な操作を通じて、これらの慣性力がニュートンの運動方程式からいかにして導出されるかを、厳密に解説します。
2. 問題設定
考察のために、2つの座標系を導入します。
- 静止系 (S系): 慣性系であり、原点はOで固定されている。
- 回転系 (S’系): S系と原点を共有し、S系に対して一定の角速度ベクトル
$\vec{\omega}$で回転している非慣性系。座標は$\vec{r}' = (x', y', z')$で表される。
時刻 $t=0$ において両座標系の座標軸は一致しているとします。
- 角速度ベクトル:
$\vec{\omega} = (0, 0, \omega)$(定数)
この設定の下で考えます。この設定ではS’系が自転している地球の観測者の座標系であり、この観測者は物体の位置を $\vec{r}' = (x', y', z')$ で測定します (宇宙で静止した人から見た $\vec{r} = (x, y, z)$ は理解できません)。ここでの目標は $\vec{r}' = (x', y', z')$ を用いて、質点の運動を記述することを目標とします。
3. 解法のロードマップ
静止系(S)の運動方程式から出発し、回転系(S’)の観測者から見た運動方程式を導出するために、以下のステップで思考を進めます。
- Step 1: 座標の関係式の導出
静止系Sと回転系S’の座標$\vec{r}$と$\vec{r}'$の関係式を導出する。 - Step 2: 回転行列の時間微分
Step 3以降の準備として、回転行列の時間微分を求めます。 - Step 3: 回転系における速度の関係式の導出
Step 1の関係式を時間微分し、回転系での速度$\vec{v}'$の関係式を導きます。 - Step 4: 回転系における加速度の関係式の導出
Step 2の関係式を時間微分し、回転系での加速度$\vec{a}'$の関係式を導きます。 - Step 5: 回転系におけるニュートンの運動方程式
慣性系での運動方程式にStep 4の結果を代入し、回転系の観測者から見た運動方程式を導出します。この過程で、コリオリの力と遠心力の項が現れます。
4. 理論展開と計算
上記のロードマップに従って、具体的な計算を進めていきましょう。
Step 1: 座標の関係式の導出
静止系Sにおける質点の位置ベクトルを $\vec{r}=(x, y, z)$、回転系S’における位置ベクトルを $\vec{r}'=(x', y', z')$ とします。S’系はS系に対してz軸まわりに角速度 $\omega$ で回転しているため、時刻 $t$ における回転角は $\theta = \omega t$ となります。
S系の座標は、S’系の座標を $\omega t$ だけ回転させることで得られます。これはz軸まわりの回転行列 $R_z(\omega t)$ を用いて、次のように表現できます。
$$\begin{pmatrix}
x \\ y \\ z
\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}
\cos(\omega t) & -\sin(\omega t) & 0 \\
\sin(\omega t) & \cos(\omega t) & 0 \\
0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x’ \\ y’ \\ z'
\end{pmatrix}$$
この関係を、以降では $\vec{r} = R(t)\vec{r}'$ と簡潔に表記します。
Step 2: 回転行列の時間微分
後の計算のために、回転行列 $R(t)$ を時間 $t$ で微分します。
$$
\begin{aligned}
\dot{R}(t) = \frac{dR(t)}{dt} &
= \begin{pmatrix}
-\omega\sin(\omega t) & -\omega\cos(\omega t) & 0 \\
\omega\cos(\omega t) & -\omega\sin(\omega t) & 0 \\
0 & 0 & 0 \end{pmatrix} \\
&=
\begin{pmatrix} 0 & -\omega & 0 \\
\omega & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\cos(\omega t) & -\sin(\omega t) & 0 \\
\sin(\omega t) & \cos(\omega t) & 0 \\
0 & 0 & 1 \end{pmatrix}
\end{aligned}$$
ここで、
$$
\Omega = \begin{pmatrix} 0 & -\omega & 0 \\ \omega & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{pmatrix}
$$
と定義すると、$\dot{R}(t) = \Omega R(t)$ と書けます。この行列 $\Omega$ は、角速度ベクトル $\vec{\omega}=(0, 0, \omega)$ によるベクトル積の操作 $\vec{\omega} \times$ に対応するもので、任意のベクトル $\vec{w}$ に対して $\Omega \vec{w} = \vec{\omega} \times \vec{w}$ が成り立ちます。
【補足】微小回転を用いた導出
$\dot{R}(t) = \Omega R(t)$ の関係式は、微分の定義に立ち返ることでも導出できます。
行列の微分の定義は以下の通りです。
$$ \dot{R}(t) = \lim_{\Delta t \to 0} \frac{R(t+\Delta t) - R(t)}{\Delta t} $$
ここで、$t+\Delta t$ の回転は、「$t$ だけ回転した後に、続けて $\Delta t$ だけ回転する」ことと同じです。これは行列の積で $R(t+\Delta t) = R(\Delta t)R(t)$ と表現できます。これを代入すると、
$$ \begin{aligned} \dot{R}(t) &= \lim_{\Delta t \to 0} \frac{R(\Delta t)R(t) - R(t)}{\Delta t} \\ &= \left( \lim_{\Delta t \to 0} \frac{R(\Delta t) - I}{\Delta t} \right) R(t) \end{aligned} $$
$I$ は単位行列です。ここで、括弧の中の極限を評価します。微小時間 $\Delta t$ では回転角 $\omega \Delta t$ は非常に小さいため、$\cos(\omega \Delta t) \approx 1$, $\sin(\omega \Delta t) \approx \omega \Delta t$ と近似できます。
$$ R(\Delta t) = \begin{pmatrix} \cos(\omega \Delta t) & -\sin(\omega \Delta t) & 0 \\ \sin(\omega \Delta t) & \cos(\omega \Delta t) & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} \approx \begin{pmatrix} 1 & -\omega \Delta t & 0 \\ \omega \Delta t & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} $$
したがって、
$$ \frac{R(\Delta t) - I}{\Delta t} \approx \frac{1}{\Delta t} \begin{pmatrix} 0 & -\omega \Delta t & 0 \\ \omega \Delta t & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 & -\omega & 0 \\ \omega & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{pmatrix} = \Omega $$
となり、$\Delta t \to 0$ の極限でこの近似は厳密に成り立ちます。よって、$\dot{R}(t) = \Omega R(t)$ という関係が再び得られました。
Step 3: 回転系における速度の関係式の導出
Step 1で導出した座標の関係式 $\vec{r} = R(t)\vec{r}'$ の両辺を時間 $t$ で微分します。積の微分法則を適用すると、
$$\vec{v} = \dot{\vec{r}} = \dot{R}(t)\vec{r}’ + R(t)\dot{\vec{r}}’$$
となります。ここで $\vec{v} = \dot{\vec{r}}$ はS系での速度(地球の観測者は観測できない)、$\vec{v}' = \dot{\vec{r}}'$ はS’系で観測される速度(地球の観測者が観測できる)です。
右辺第1項にStep 2の結果 $\dot{R}(t) = \Omega R(t)$ を代入すると、
$$\dot{R}(t)\vec{r}’ = \Omega R(t)\vec{r}’$$
以上から、速度の関係式は次のように導出されます。 $$\vec{v} = \Omega R(t)\vec{r}’ + R(t)\vec{v}’$$
Step 4: 回転系における加速度の関係式の導出
Step 3で求めた速度の関係式を、さらに時間 $t$ で微分して加速度の関係を求めます。
$$\vec{a} = \dot{\vec{v}} = \frac{d}{dt}(\Omega R(t)\vec{r}’ + R(t)\vec{v}’)$$
右辺の2つの項を、それぞれ積の微分法則を使って計算します。$\Omega$ は定数行列であることに注意してください。
$$
\begin{aligned}
\frac{d}{dt}(\Omega R(t)\vec{r}’) &= \Omega \frac{d}{dt}(R(t)\vec{r}’) = \Omega (\dot{R}(t)\vec{r}’ + R(t)\dot{\vec{r}}’) \\
&= \Omega (\Omega R(t)\vec{r}’ + R(t)\vec{v}’) = \Omega^2 R(t)\vec{r}’ + \Omega R(t)\vec{v}'
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
\frac{d}{dt}(R(t)\vec{v}’) &= \dot{R}(t)\vec{v}’ + R(t)\dot{\vec{v}}’ \\
&= \Omega R(t)\vec{v}’ + R(t)\vec{a}'
\end{aligned}
$$
ここで、$\vec{a}' = \dot{\vec{v}}'$ はS’系で観測される加速度(地球の観測者が観測できる)です。これらを合計すると、S系での加速度 $\vec{a}$ が得られます。
$$
\begin{aligned}
\vec{a} &= (\Omega^2 R(t)\vec{r}’ + \Omega R(t)\vec{v}’) + (\Omega R(t)\vec{v}’ + R(t)\vec{a}’) \\
&= R(t)\vec{a}’ + 2\Omega R(t)\vec{v}’ + \Omega^2 R(t)\vec{r}'
\end{aligned}
$$
この式が、静止系(S)と回転系(S’)の加速度の間の関係式です。
Step 5: 回転系におけるニュートンの運動方程式
いよいよ最終段階です。慣性系であるS系では、ニュートンの運動方程式 $\vec{F} = m\vec{a}$ が厳密に成立します。この $\vec{a}$ にStep 4で導出した関係式を代入します。
$$\vec{F} = m(R(t)\vec{a}’ + 2\Omega R(t)\vec{v}’ + \Omega^2 R(t)\vec{r}’)$$
この方程式をS’系の観測者にとっての運動方程式 $m\vec{a}' = \dots$ の形にするため、左から逆行列 $R^{-1}(t)$ を掛けます。
$$
R^{-1}(t)\vec{F} = m(R^{-1}(t)R(t)\vec{a}’ + 2R^{-1}(t)\Omega R(t)\vec{v}’ + R^{-1}(t)\Omega^2 R(t)\vec{r}’)
$$
$R^{-1}(t)R(t)=I$(単位行列)や、 $R^{-1}(t)\Omega R(t) = \Omega$ を利用すると、式は以下のように整理されます。
$$m\vec{a}’ = R^{-1}(t)\vec{F} - 2\Omega\vec{v}’ - \Omega^2\vec{r}’$$
任意のベクトル $\vec{w}$ に対して $\Omega \vec{w} = \vec{\omega} \times \vec{w}$ が成り立tuつため、行列 $\Omega$ をベクトル積の表記に戻すと、回転系における運動方程式が完成します。
$$m\vec{a}’ = R^{-1}(t)\vec{F} - 2m\vec{\omega} \times \vec{v}’ - m\vec{\omega} \times (\vec{\omega} \times \vec{r}’)$$
右辺第一項は、S系で作用する外力 $\vec{F}$ を回転系の座標で表現したものです。第二項はコリオリ力であり、回転系における速度が大きさに比例する特徴があります。第三項は遠心力を表しており、回転軸からの距離に比例して大きくなります。また、今回は角速度一定と仮定しましたが、時間依存する場合は、オイラー力 $-m\dot{\vec{\omega}} \times \vec{r}'$ の項も現れます。
5. 結論と物理的考察
以上の導出から、回転系における運動方程式は以下のようにまとめられます。 $$m\vec{a}’ = R^{-1}(t)\vec{F} - 2m\vec{\omega} \times \vec{v}’ - m\vec{\omega} \times (\vec{\omega} \times \vec{r}’)$$ この結果が持つ物理的な意味を考えてみましょう。
遠心力
$-m\vec{\omega} \times (\vec{\omega} \times \vec{r}')$は、ベクトル三重積の性質から、回転軸$\vec{\omega}$に垂直で、位置ベクトル$\vec{r}'$の回転軸からの射影成分と反対向き、つまり回転の中心から外側へ向かう力として働きます。その大きさは$m\omega^2 r_{\perp}$($r_{\perp}$は回転軸からの距離)となります。これは、回転する乗り物で外側に押し付けられる感覚の正体です。コリオリ力
$-2m(\vec{\omega} \times \vec{v}')$は、回転系から見て物体が速度$\vec{v}'$を持つときにのみ現れます。その向きは$\vec{\omega}$と$\vec{v}'$の両方に垂直です。北半球において、台風の渦が反時計回りになるのは、まさにこのコリオリの力が地球の自転$\vec{\omega}$と中心へ向かう空気の流れ$\vec{v}'$に働き、進行方向に対して右向きの力を生むためです。
これらの「見かけの力」は、座標系の選び方によって現れる数学的な産物ですが、回転系にいる観測者にとっては、現実の力と区別がつかず、身近な現象として体験されます。
6. 発展と関連テーマ
今回のテーマについて、さらに学びを深めるためのトピックをいくつか紹介します。
- 気象現象: 台風など、地球規模の大きな運動は、コリオリの力から多大な影響を受けています。
- 地球の形状: 地球が完全な球体ではなく、赤道部分が膨らんだ「回転楕円体」になっているのは、地球自身の自転による遠心力が長年にわたって作用し続けた結果です。これもまた、慣性力が惑星スケールで及ぼす影響の壮大な一例です。
- 緯度による重力値の変化: 私たちが日常的に感じる「重力」は、地球の万有引力と遠心力の合力である「見かけの重力」です。遠心力は赤道で最も大きく、極でゼロになるため、見かけの重力は赤道で最も小さく、極に近づくほど大きくなります。物理の教科書で習う重力加速度 $g \approx 9.8 , \text{m/s}^2$ は、この効果を含んだ平均的な値なのです。