相転移のランダウ理論:対称性の破れと平均場による統一的記述
目次
前提知識
この記事をスムーズに理解するために、以下の知識があることが望ましいです。
- 熱力学(特に自由エネルギー、相転移の概念)
- 統計力学(特に分配関数、イジングモデルの基礎)
- 数学(テイラー展開、簡単な変分法)
要点まとめ
この記事では、相転移を「対称性の破れ」という統一的な概念で記述するランダウ理論について解説します。
- 問題の核心: 異なる種類の相転移(強磁性転移、気液相転移など)を、なぜ統一的に記述できるのか。
- 用いる物理法則: 系の対称性と、ヘルムホルツ自由エネルギー最小の原理。
- 最終的な結論: 相転移は、系の対称性が自発的に破れる現象として理解でき、その臨界的振る舞いは秩序変数と自由エネルギーの平均場近似によって普遍的に記述されます。
1. はじめに
水が氷になる、あるいは磁石が熱で磁力を失う。これらは「相転移」と呼ばれる現象です。一見すると全く異なる現象ですが、物理学はこれらの背後に共通の構造を見出しました。それが「対称性の破れ (Symmetry Breaking)」です。
高温で無秩序な相(常磁性相、液体相など)は対称性が高い状態にあります。温度が臨界温度 $T_c$ 以下に下がると、系はより秩序だった相(強磁性相、固体相など)へ移行し、それまで持っていた対称性の一部を失います。
ランダウ理論は、この「対称性の破れ」を記述するために秩序変数 (Order Parameter) という概念を導入し、自由エネルギーをこの秩序変数の関数として展開することで、相転移の普遍的な性質を現象論的に記述する強力な理論です。
2. STEP 1: 現象論的導入(秩序変数と自由エネルギー)
ランダウ理論の出発点は、相転移を特徴づける「秩序変数」 $m$ を導入することです。(磁気相転移の場合は磁化、気液相転移の場合は密度差などが対応します。)
秩序変数は、以下の性質を持つ量として定義されます。
- 無秩序相(高温相, $T > T_c$): $m = 0$
- 秩序相(低温相, $T < T_c$): $m \neq 0$
ランダウは、系の(ヘルムホルツ)自由エネルギー $F$ が、温度 $T$ と秩序変数 $m$ の関数 $F(T, m)$ として表せると仮定しました。$T \approx T_c$ かつ $m$ が小さいとして、$F$ を $m$ についてテイラー展開します。
ここで、系が持つ対称性(例えば磁気系で外部磁場 $H=0$ なら、磁化が上向きでも下向きでもエネルギーは同じ、すなわち $F(T, m) = F(T, -m)$ という偶関数の対称性)を考慮すると、展開は $m$ の偶数乗のみを含むはずです。
$$ F(T, m) = F_0(T) + a(T) m^2 + b(T) m^4 + O(m^6) $$
$m^4$ の項までで展開を止めます。これがランダウの現象論的自由エネルギーです。
二次相転移の条件
安定な相転移を記述するため、高次の項が系の不安定化を防ぐ、すなわち $b(T) > 0$ であると仮定します。$T \approx T_c$ では $b(T) \approx b_0$ (定数)として良いでしょう。
次に係数 $a(T)$ を考えます。
- $T > T_c$(無秩序相)では、$m=0$ が $F$ の最小値を与える必要があります。そのためには $a(T) > 0$ が要求されます。
- $T < T_c$(秩序相)では、$m \neq 0$ が $F$ の最小値を与える必要があります。そのためには $a(T) < 0$ が要求されます。
この条件を満たす最も単純な仮定は、$a(T)$ が $T=T_c$ で符号を変え、$T \approx T_c$ で線形に振る舞うとすることです。
$$ a(T) = \alpha (T - T_c) \quad (\alpha > 0) $$
平衡条件と秩序変数の導出
熱平衡状態は、自由エネルギー $F(T, m)$ が最小となる $m$ によって実現されます。
$$ \frac{\partial F}{\partial m} = 2a(T) m + 4b_0 m^3 = 2m \left( a(T) + 2b_0 m^2 \right) = 0 $$
この方程式の解は、
- $m = 0$
- $m^2 = - \frac{a(T)}{2b_0}$
$T > T_c$ の場合: $a(T) > 0$ であるため、解は $m=0$ のみです。これが安定な解(無秩序相)となります。
$T < T_c$ の場合: $a(T) < 0$ となります。$m=0$ は極大値(不安定解)となり、安定な解は $m^2 = -a(T)/(2b_0)$ から得られます。 $a(T) = \alpha(T-T_c)$ を代入すると、
$$ m^2 = - \frac{\alpha (T - T_c)}{2b_0} = \frac{\alpha (T_c - T)}{2b_0} $$ $$ m(T) = \pm \sqrt{\frac{\alpha}{2b_0}} (T_c - T)^{1/2} $$
$m \propto (T_c - T)^{\beta}$ と表したとき、指数 $\beta = 1/2$ が導かれます。これは相転移の「臨界指数」の一つです。ランダウ理論が $m$ の連続的な変化($T=T_c$ で $m=0$ となる)を記述することから、これは二次相転移の理論と呼ばれます。
3. STEP 2: 統計力学からの基礎付け(平均場理論)
STEP 1 の自由エネルギー $F(T, m) = F_0 + am^2 + bm^4$ は、あくまで現象論的な仮定でした。次に、この形が統計力学のミクロなモデルから、数学的な近似を用いてどのように導出されるかを見ていきます。
イジングモデルと平均場近似
ミクロなモデルとして、格子上のスピン $\sigma_i = \pm 1$ が相互作用するイジングモデルを考えます。
$$ \mathcal{H} = -J \sum_{\langle i,j \rangle} \sigma_i \sigma_j - h \sum_i \sigma_i $$ ($J$ は相互作用の強さ、$h$ は外部磁場)
このモデルを厳密に解くのは困難です。そこで平均場近似 (Mean-Field Approximation, MFA) を導入します。これは、あるスピン $\sigma_i$ が感じる相互作用を、その隣接スピン $\sigma_j$ の厳密な値ではなく、全スピンの熱平均(平均磁化) $m = \langle \sigma_j \rangle$ で置き換える近似です。
$$ \sigma_i \sigma_j \approx \sigma_i \langle \sigma_j \rangle + \langle \sigma_i \rangle \sigma_j - \langle \sigma_i \rangle \langle \sigma_j \rangle = m (\sigma_i + \sigma_j) - m^2 $$
これをハミルトニアンに適用すると、スピン間の相互作用がなくなり、各スピンが「平均場」 $h_{\text{eff}}$ を感じる独立なスピンの問題に帰着します。 (計算の詳細はここでは省略しますが、)$z$ を最近接スピン数として、一体問題のハミルトニアンは以下のように近似されます。
$$ \mathcal{H}_{\text{MFA}} \approx -\sum_i (J z m + h) \sigma_i + \frac{1}{2} N z J m^2 $$ 最後の項は、相互作用を二重に数えた分を補正する項です。
MFAによる自由エネルギーとテイラー展開
この平均場ハミルトニアンから分配関数 $Z$ を計算し、自由エネルギー $F = -k_B T \ln Z$ を $m$ の関数として導出することができます。($k_B$ はボルツマン定数) 外部磁場 $h=0$ の場合、単位体積あたりの自由エネルギー $f(T, m) = F/N$ は、$k_B T = 1/\beta_J$($\beta_J$は逆温度)として、
$$ f(T, m) = \frac{1}{2} z J m^2 - \frac{1}{\beta_J} \ln \left[ 2 \cosh (\beta_J z J m) \right] $$
この $f(T, m)$ は、統計力学的なモデルから厳密に(ただしMFAの範囲内で) 導出されたものです。 STEP 1のランダウ理論の形と比較するために、$T \approx T_c$(臨界温度近傍)、すなわち $m \ll 1$ の条件で、この $f(T, m)$ を $m$ についてテイラー展開します。$\cosh(x) \approx 1 + x^2/2! + x^4/4! + \dots$ を用います。
$$ \begin{aligned} f(T, m) &= \frac{1}{2} z J m^2 - \frac{1}{\beta_J} \ln \left[ 2 \left( 1 + \frac{(\beta_J z J m)^2}{2} + \frac{(\beta_J z J m)^4}{24} + \dots \right) \right] \\ &= \frac{1}{2} z J m^2 - \frac{1}{\beta_J} \left[ \ln 2 + \ln \left( 1 + \frac{(\beta_J z J m)^2}{2} + \frac{(\beta_J z J m)^4}{24} + \dots \right) \right] \end{aligned} $$ $\ln(1+x) \approx x - x^2/2 + \dots$ を用いてさらに展開します。
$$ f(T, m) \approx f_0(T) + \frac{1}{2} z J m^2 - \frac{1}{\beta_J} \left[ \frac{(\beta_J z J m)^2}{2} + \frac{(\beta_J z J m)^4}{24} - \frac{1}{2} \left( \frac{(\beta_J z J m)^2}{2} \right)^2 + \dots \right] $$ $m^2$ と $m^4$ の項をまとめると、
$$ f(T, m) \approx f_0(T) + \frac{1}{2} (zJ - k_B T z^2 J^2 \beta_J^2) m^2 + \frac{(k_B T)^3 (z J)^4 \beta_J^4}{12} m^4 + \dots $$ (※ $k_B T = 1/\beta_J$ の関係 $k_B T \beta_J = 1$ を用いて整理)
$$ f(T, m) \approx f_0(T) + \frac{1}{2} z J (1 - \beta_J z J) m^2 + \frac{(z J)^4 \beta_J^3}{12} m^4 + \dots $$ ここで、$k_B T_c = z J$ (MFAにおける臨界温度)の関係を用いると、$1 - \beta_J z J = 1 - T_c/T = (T-T_c)/T$ となります。$T \approx T_c$ なので、
$$ f(T, m) \approx f_0(T) + \frac{(z J)^2}{2 k_B T_c^2} (T - T_c) m^2 + \frac{(z J)^4}{12 (k_B T_c)^3} m^4 + \dots $$
これはまさに、STEP 1 で現象論的に仮定した $f(T, m) = f_0 + a(T)m^2 + b_0 m^4$ の形に一致します。 さらに、係数 $a(T)$ と $b_0$ が、ミクロなパラメータ($J, z$)と温度 $T$ によって具体的に決定されました。
- $a(T) = \alpha (T-T_c)$ (ただし $\alpha = (zJ)^2 / (2 k_B T_c^2) > 0$)
- $b_0 = (zJ)^4 / (12 (k_B T_c)^3) > 0$
$b_0 > 0$ も自動的に満たされており、平均場近似が二次相転移を正しく記述することが示されました。
4. STEP 3: 理論の拡張(外部場と一次相転移)
ランダウ理論の枠組みは、さらに拡張が可能です。
外部場の導入
外部磁場 $h$ が存在する場合、自由エネルギーに $-hm$ の項が追加されます。(磁化 $m$ と磁場 $h$ が同じ向きを向くとエネルギーが下がるため)
$$ F(T, m, h) = F_0 + a(T) m^2 + b_0 m^4 - h m $$ 平衡条件は $\partial F / \partial m = 0$ より、
$$ 2a(T) m + 4b_0 m^3 - h = 0 $$
$T > T_c$(常磁性相)で $m$ が小さい場合、$m^3$ の項は無視でき、$2a(T)m \approx h$ となります。$a(T) = \alpha(T-T_c)$ を代入すると、
$$ m \approx \frac{h}{2\alpha(T-T_c)} $$ 帯磁率 $\chi = \partial m / \partial h|_{h=0}$ は、
$$ \chi(T) \propto \frac{1}{T-T_c} $$ これはキュリー・ワイス則 $\chi \propto |T-T_c|^{-\gamma}$ に対応し、臨界指数 $\gamma = 1$ が導かれます。
また、$T=T_c$($a=0$)では $4b_0 m^3 = h$ となり、$m \propto h^{1/3}$ が得られます。これは臨界指数 $\delta = 3$ に対応します。
ランダウ理論(平均場理論)が予測する臨界指数は $\beta=1/2, \gamma=1, \delta=3$ となります。
一次相転移
もし、何らかの理由で係数 $b(T)$ が負 ($b < 0$) となった場合、 $m^4$ の項は $m$ が大きくなるにつれてエネルギーを下げるため、系は不安定になります。 この場合、系を安定化させるために $m^6$ の項まで展開を考慮する必要があります($c > 0$)。
$$ F(T, m) = F_0 + a(T) m^2 + b(T) m^4 + c(T) m^6 \quad (b<0, c>0) $$
$b < 0$ の場合、自由エネルギーは $m=0$ と $m \neq 0$ の両方に極小値を持つことができます。温度 $T$ を変化させると、これら二つの極小値の深さが逆転する温度 $T_c$ が存在します。 この $T_c$ において、$m=0$(無秩序相)から $m \neq 0$(秩序相)へ、秩序変数が不連続にジャンプします。これが理論的な一次相転移の記述です。
🌡️ 現実の物理現象:水の沸騰(気液相転移)
この抽象的な記述が対応する最も分かりやすい現実の例は、水が沸騰して水蒸気(気体)になる現象です。(あるいは、氷が溶けて水になる融解現象も同じです。)
秩序変数 ($m$): この場合、系の「密度」が秩序変数に相当します。(より厳密には、気体と液体の密度差 $\rho_l - \rho_g$ です)
- 秩序相 ($m \neq 0$): 液体の状態。密度が高い。
- 無秩序相 ($m = 0$): 気体(水蒸気)の状態。密度が低い。
二つの極小値:
- 第1の極小値: 自由エネルギーが低い「液体」という安定な状態。
- 第2の極小値: 自由エネルギーが(その温度では)やや高い「気体」という準安定な状態。
温度 $T_c$(=沸点, 100℃)での「深さの逆転」:
- $T < 100℃$ の場合: 「液体」の極小値が「気体」よりも深く、系は液体である方が安定です。
- $T = 100℃$ の場合 (沸点): 「液体」と「気体」の極小値の深さが全く同じになり、両者が「共存」できる状態です。
- $T > 100℃$ の場合: 「気体」の極小値が「液体」よりも深くなり、気体である方が安定な状態へと逆転します。
秩序変数の「不連続なジャンプ」: これが最も重要な点です。二次相転移(磁石の例)では、秩序変数(磁化)は $T_c$ で連続的にゼロになります ($0.5 \to 0.3 \to 0.1 \to 0$ のように)。
しかし一次相転移(水の沸騰)では、温度を100℃にしても、水(液体)の密度は高いまま(約 $958\ \text{kg/m}^3$)です。そして、エネルギー(潜熱)を与えられた瞬間に、密度が約 $0.59\ \text{kg/m}^3$ の水蒸気(気体)へと不連続に、一気に変化します。
密度が徐々に変化するのではなく、「$958$」から「$0.59$」へとジャンプするのです。これが、ランダウ理論が記述する「秩序変数の不連続なジャンプ」の物理的な実体です。
5. STEP 4: 空間ゆらぎの導入(ギンツブルグ・ランダウ理論)
STEP 3 までは、秩序変数 $m$ が空間的に一様であると仮定していました。しかし、特に臨界点近傍では、秩序変数の値は場所 $\vec{r}$ によって大きく「ゆらぐ」ことが知られています。
この空間的なゆらぎを取り入れるため、ランダウ理論を拡張したのがギンツブルグ・ランダウ (GL) 理論です。 考え方は、秩序変数が空間的に不均一 $m(\vec{r})$ な場合、エネルギー(自由エネルギ密度)が上昇するという「ペナルティ」を導入することです。 このペナルティは、秩序変数の勾配(空間変化の激しさ) $|\nabla m(\vec{r})|^2$ に比例すると考えるのが最も自然です。
$$ f_{\text{GL}}(T, m(\vec{r})) = f_0 + a(T) [m(\vec{r})]^2 + b_0 [m(\vec{r})]^4 + K |\nabla m(\vec{r})|^2 $$ $K > 0$ は勾配エネルギーの係数です。 系全体の自由エネルギーは、この密度 $f_{\text{GL}}$ を全空間で積分した汎関数 $F[m(\vec{r})]$ として与えられます。
$$ F[m(\vec{r})] = \int d^d r \left[ a(T) [m(\vec{r})]^2 + b_0 [m(\vec{r})]^4 + K |\nabla m(\vec{r})|^2 \right] $$
相関長 $\xi$
GL理論から導かれる重要な物理量に相関長 (Correlation Length) $\xi$ があります。これは、ある点での秩序変数のゆらぎが、空間的にどの程度の距離まで影響を及ぼすか(相関を持つか)を示す長さのスケールです。
GL理論(のガウス近似)によれば、相関長は以下のように導出されます。
$$ \xi(T) = \sqrt{\frac{K}{|a(T)|}} = \sqrt{\frac{K}{\alpha |T-T_c|}} \propto |T-T_c|^{-1/2} $$ 臨界指数 $\nu = 1/2$ が得られます。 この式は、臨界点 $T \to T_c$ で $a(T) \to 0$ となるため、相関長 $\xi \to \infty$ と発散することを示しています。これは、臨界点ではミクロなゆらぎがマクロなスケールにまで及ぶ(系全体が一体となってゆらぐ)ことを意味し、臨界現象の核心的な特徴です。
ギンツブルグ基準
ランダウ理論(平均場理論)は、秩序変数の「ゆらぎ」を無視する近似でした。この近似は、ゆらぎが小さい場合は良い近似ですが、臨界点近傍では $\xi \to \infty$ となり、ゆらぎは無視できなくなります。
平均場近似が破綻する(=ゆらぎの効果が無視できなくなる)温度領域は、ギンツブルグ基準によって評価されます。 これは、「相関長 $\xi$ の体積 $V_{\xi} = \xi^d$ ($d$ は空間次元) 内のゆらぎによる自由エネルギー」が、「平均値(ランダウ理論)による自由エネルギー」と同程度になる条件として導かれます。
計算の結果、平均場理論が有効であるためには、系の空間次元 $d$ が $d > 4$(上部臨界次元)である必要があることが示されます。 我々の住む $d=3$ の世界では、臨界点に十分近い領域($|T-T_c|$ が極めて小さい領域)では、ゆらぎの効果が支配的となり、ランダウ理論(平均場理論)は厳密には破綻します。
6. STEP 5: ランダウ理論の限界と繰り込み群
ギンツブルグ基準が示す通り、$d \le 4$ の系では、臨界点 $T=T_c$ においてランダウ理論(平均場理論)は厳密には正しくありません。
臨界指数の不一致
その証拠に、ランダウ理論が予測する臨界指数($\beta=1/2, \gamma=1, \nu=1/2$など)は、実験値や、厳密に解けるモデル(例:2次元イジングモデル)の結果と一致しません。
| 臨界指数 | ランダウ理論 (MFA) | 3D イジング (実験/数値) | 2D イジング (厳密解) |
|---|---|---|---|
| $\beta$ | 1/2 | $\approx 0.326$ | 1/8 |
| $\gamma$ | 1 | $\approx 1.237$ | 7/4 |
| $\nu$ | 1/2 | $\approx 0.630$ | 1 |
この不一致こそが、平均場近似が無視した「ゆらぎ」の効果です。
「その先」へ:繰り込み群
ランダウ理論の失敗は、臨界点における $\xi \to \infty$ の発散、すなわち「あらゆる長さスケールのゆらぎ」が重要になる点を扱いきれないことに起因します。
この困難を克服するために開発されたのが、ケネス・ウィルソンらによる繰り込み群 (Renormalization Group, RG) の理論です。 繰り込み群は、ギンツブルグ・ランダウ汎関数 $F[m(\vec{r})]$ を出発点とし、ミクロなスケール(短い波長)のゆらぎの効果を順次取り込みながら、マクロなスケール(長い波長)での有効な理論へとスケール変換していく数学的手法です。
この操作により、平均場理論では得られなかった「正しい」臨界指数を理論的に導出することに成功しました。ランダウ理論およびGL理論は、その意味で、現代の臨界現象の理論(繰り込み群)の出発点として、非常に重要な役割を果たしています。
7. 結論と物理的考察
ランダウ理論は、相転移を「秩序変数」と「対称性の破れ」という普遍的な概念で捉え、自由エネルギーの展開という数学的手法を用いて、その現象論を統一的に記述する理論です。
この理論の強力な点は、一見まったく異なる物理現象(磁性、誘電性、気液転移など)を、系の対称性という共通の土台の上で議論できることです。
一次相転移と二次相転移の区別
本記事で解説したように、ランダウ理論は $m^4$ の係数 $b$ の符号によって、二つの異なるタイプの相転移を記述できます。これは物理的に非常に重要な分類です。
二次相転移 (Second-Order Phase Transition)
- $b > 0$ の場合に相当します。
- 秩序変数 $m$ が、臨界点 $T_c$ において連続的にゼロから立ち上がります。(例:常磁性相から強磁性相への転移)
- 対称性は $T_c$ で「滑らかに」破れます。
- 自由エネルギー $F$ の一次導関数(エントロピー $S = -(\partial F / \partial T)$ や体積 $V = (\partial F / \partial P)$)は連続です。
- 潜熱(Latent Heat)は発生しません ($L = T_c \Delta S = 0$)。
- $F$ の二次導関数である比熱 $C_p = T(\partial S / \partial T)$ は、$T_c$ で不連続な「跳び」を示します(平均場理論の予測)。
一次相転移 (First-Order Phase Transition)
- $b < 0$(かつ安定化のため $c > 0$)の場合に相当します。
- 秩序変数 $m$ が、転移温度 $T_c$ において不連続にジャンプします。(例:水の沸騰、氷の融解)
- $T_c$ では、秩序相($m \neq 0$)と無秩序相($m = 0$)の二つの状態(二つの自由エネルギーの極小値)が共存します。
- 自由エネルギー $F$ の一次導関数であるエントロピー $S$ が $T_c$ で不連続になります。
- 結果として、潜熱 $L = T_c \Delta S \neq 0$ が必ず発生します。これは、相を変化させるために必要なエネルギーです。
比較まとめ表
| 特性 | 一次相転移 (First-Order) | 二次相転移 (Second-Order) |
|---|---|---|
| ランダウ自由 F | $F_0 + a m^2 + b m^4 + c m^6$ ($b<0, c>0$) | $F_0 + a m^2 + b m^4$ ($b>0$) |
| 秩序変数 $m$ | $T_c$ で不連続にジャンプする | $T_c$ で連続的に 0 になる |
| 自由エネルギー $F$ | $T_c$ で連続(だが微分は不連続) | $T_c$ で連続 |
| エントロピー $S$ | $T_c$ で不連続($F$ の一次微分) | $T_c$ で連続 |
| 潜熱 $L=T_c \Delta S$ | あり ($L \neq 0$) | なし ($L = 0$) |
| ヒステリシス | あり | なし |
| 比熱 $C_p$ | $T_c$ で発散する(潜熱のため) | $T_c$ で跳び(不連続)を示す |
| 相関長 $\xi$ | $T_c$ でも有限 | $T_c$ で発散する ($\xi \to \infty$) |
| 相の共存 | $T_c$ で二相が共存する | $T_c$ での共存はない |
| 現実の例 | 沸騰、融解、一部の構造相転移 | 強磁性転移、超伝導転移、気液の臨界点 |
理論の限界と展望
この記事で見てきたように、ランダウ理論の本質は平均場理論であり、ミクロなイジングモデルからもその正当性が(近似的に)示されます。
一方で、平均場近似に起因する限界も明確です。ギンツブルグ基準が示すように、空間次元 $d \le 4$ の系(私たちが住む3次元世界を含む)では、臨界点 $T_c$ のごく近傍で「ゆらぎ」の効果が支配的になり、平均場理論(ランダウ理論)は厳密には破綻します。
これが、ランダウ理論が予測する臨界指数($\beta=1/2, \gamma=1$ など)が、実験値や厳密解と異なる根本的な理由です。
しかし、この理論が提示したギンツブルグ・ランダウ汎関数 $F[m(\vec{r})]$ は、その「ゆらぎ」の効果を系統的に取り込む現代的な理論、すなわち繰り込み群 (Renormalization Group) の理論の出発点(土台)となります。
その意味で、ランダウ理論は、相転移の普遍性を初めて明らかにし、かつ、より深い理論への道筋を示した、現代の物性物理学・統計力学において不可欠な理論体系です。